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24歳。社会人としての基礎体力が固まる時期。イチロー氏がシーズン200安打を達成したように、初期の試行錯誤が実を結び、プロとしての「型」が見えてくる重要な年齢です。
1948年度生まれ
株式会社ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長。ユニクロの創業者。
ジャスコ(現イオン)を経て、実父が経営する小郡商事に入社。家業としての紳士服販売に携わり、ビジネスの基礎を学んだ。
1949年度生まれ
日本を代表するコメディアンであり、ザ・ドリフターズのメンバー。『8時だョ!全員集合』での「東村山音頭」や「ヒゲダンス」で国民的人気を博し、その後も「バカ殿様」や「変なおじさん」など数多くの名物キャラクターを生み出した。徹底した作り込みと独自のコントスタイルは日本の笑いを牽引し続け、海外でも高い知名度を誇る。2020年、パンデミック初期に新型コロナウイルスによる肺炎で急逝し、日本中に大きな衝撃と悲しみを与えた。
荒井注の脱脱に伴い、移行期間として加入。この時、芸名を「志村けん」に改めた。
1951年度生まれ
「教授」の愛称で親しまれた世界的作曲家、ピアニスト。イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)のメンバーとしてテクノポップを確立し、映画音楽では日本人初のアカデミー作曲賞を受賞。晩年は社会活動や環境問題にも精力的に取り組んだ。
大学院在学中にスタジオ・ミュージシャンとしての活動を開始。友部正人のアルバムへの参加を機に、数多くのアーティストのレコーディングや編曲に携わるようになった。
1957年度生まれ
ソフトバンクグループ株式会社の創業者、代表取締役会長兼社長。日本の通信・IT産業を牽引する実業家。
福岡県にて、コンピュータ卸売事業を行う日本ソフトバンク株式会社(現ソフトバンクグループ)を創業。
1958年度生まれ
放送作家としてキャリアをスタートさせ、『ザ・ベストテン』などの人気番組を構成した。作詞家としては美空ひばりの「川の流れのように」をはじめ数々の国民的ヒット曲を手がけ、作詞シングルの総売上枚数は1億枚を突破している。2000年代以降はAKB48グループや坂道シリーズの総合プロデューサーとしても活動している。
稲垣潤一氏に提供した本作のヒットにより、作詞家としての知名度を大きく高めた。
小説家、エンジニア出身。圧倒的な多作とエンターテインメント性で知られる。代表作に『秘密』『容疑者Xの献身』。
大学卒業後、技術者(エンジニア)としてのキャリアをスタート。勤務の傍ら、江戸川乱歩賞への投稿を続ける。
1959年度生まれ
日本のゲームクリエイター、実業家. 任天堂の4代目代表取締役社長。「ニンテンドーDS」や「Wii」などの革新的な製品を世に送り出し、同社の飛躍的な成長を牽引した。
任天堂から発売された『ピンボール』や『ゴルフ』のプログラミングを担当。卓越した技術でファミコン黎明期のソフト開発を支えた。
1960年度生まれ
アニメ監督、映画監督、アニメーター、脚本家、プロデューサーとして日本を代表するクリエイター。『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズで社会的ブームを巻き起こし、実写映画『シン・ゴジラ』でも日本アカデミー賞最優秀作品賞を受賞するなど、アニメ・実写の枠を超えて高い評価を得ている。
DAICON FILMを母体とするガイナックスの設立メンバーとなる 。
『YAWARA!』『MONSTER』『20世紀少年』など、数々の歴史的ヒット作を世に送り出した漫画家。
バンド活動をしながら警官として働く主人公を描いた作品で初の連載を持つ。
1961年度生まれ
日本を代表する劇作家、脚本家、演出家、映画監督。劇団「東京サンシャインボーイズ」を主宰。テレビドラマ『古畑任三郎』や、NHK大河ドラマ『新選組!』『真田丸』『鎌倉殿の13人』など国民的ヒット作を多数執筆。2022年からは報道番組の司会も務めるなど、多方面で活躍を続けている。
若手ライターとして参加し、「ワカメの大変身」など4作の脚本を手がけた。
「七色の声を持つ男」と称される日本を代表する声優、タレント。圧倒的な演技力と変幻自在の声質を武器に、アニメ、洋画の吹き替え、ナレーターなど多方面で活躍する。
OVA『メガゾーン23』の中川真二役でプロの声優としての第一歩を踏み出した。
1963年度生まれ
お笑いコンビ「ダウンタウン」のツッコミ担当。1980年代後半から日本のエンターテインメント界の頂点に君臨し続ける。歌手としては小室哲哉プロデュースの「H Jungle with t」名義でミリオンセラーを記録する。私生活では女優の小川菜摘と結婚し、長男はベーシストのハマ・オカモトとして活躍している。
若者を中心に熱狂的な支持を集め、関西でアイドル的な人気を誇る社会現象となった。
ゲームクリエイター。代表作に『メタルギア』シリーズ。ステルスゲームの生みの親。
MSX2用ソフトとして発売。戦闘を避ける「ステルスゲーム」という独自のスタイルを提示した記念碑的作品となった。
1964年度生まれ
お笑いコンビ「ウッチャンナンチャン」のメンバーであり、日本を代表するコメディアン、司会者、映画監督。バラエティ番組での安定した司会ぶりや、映画監督としての活動、歌手としてのヒットなど、マルチな才能を発揮。『NHK紅白歌合戦』の総合司会を4年連続で務めるなど、幅広い世代から支持されている。
ダウンタウンらと共にレギュラー出演。この番組への出演を機に、スタジオセットで作り込むコントへの強いこだわりを持つようになった。
楽天グループ株式会社の創業者・代表取締役会長兼社長。
大学卒業後、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行し、金融マンとしてのキャリアをスタートさせた。
1967年度生まれ
アニメ監督。スタジオ地図所属。代表作に『時をかける少女』『サマーウォーズ』。
大学卒業後、東映動画(現・東映アニメーション)に入社。アニメーターとしてキャリアをスタートさせ、山下高明に師事した。
1966年度生まれ
『SLAM DUNK』『バガボンド』『リアル』などの金字塔を打ち立てた漫画家。2022年には自ら監督・脚本を務めた映画『THE FIRST SLAM DUNK』で社会現象を巻き起こし、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞を受賞した。
筆名を井上雄彦に変更し、バスケットボールを題材にした本作を開始。日本における競技ブームの火付け役となり、1996年まで続く大ヒット作となった。
「カズ」や「キング・カズ」の愛称で親しまれる日本サッカー界のレジェンド。ブラジルでプロデビューを果たし、Jリーグ初代MVPやアジア年間最優秀選手賞など数々の栄誉に輝いた。50代を超えてもなお現役を続行し、Jリーグ最年長出場記録を更新し続ける。
Jリーグ発足を前に日本代表のW杯出場に貢献するため、ブラジルを離れ日本サッカーリーグの読売クラブ(現・東京ヴェルディ)へ移籍した。
1968年度生まれ
ロックバンド「シャ乱Q」のボーカリストとしてデビューし、「シングルベッド」や「ズルい女」などのヒットを飛ばす。1990年代後半からは「モーニング娘。」および「ハロー!プロジェクト」の総合プロデューサーとして、国民的なアイドルブームを巻き起こした。2014年に喉頭がんを公表し、手術により声帯を摘出したが、その後も筆談やパソコンを用いたコミュニケーションを行いながら、音楽制作やプロデュース、実業家として精力的に活動を続けている。
シングル「18ヶ月」でデビューを果たした。
シンガーソングライター、俳優、写真家。ドラマ『ガリレオ』主演や多数のヒット曲で知られる。
自身が出演したドラマ『愛はどうだ』の挿入歌として起用され、歌手として広く認知されるきっかけとなった。
1970年度生まれ
将棋棋士。史上初の七冠独占、永世七冠達成。国民栄誉賞を受賞。
23歳という若さで、当時の規定により飛び昇段を含む史上最速・最年少での九段昇段を果たした。
第52期名人戦で米長邦雄から名人位を奪取。これにより五冠王(名人・棋聖・王位・王座・棋王)となった。
1972年度生まれ
俳優、歌手。SMAPの元メンバー。主演ドラマの多くが高視聴率を記録した。
平均視聴率29.6%を記録し社会現象化。月曜日は「街からOLが消える」と言われるほどの爆発的な人気を博した。
グループの冠番組がスタート。料理、コント、歌など多彩な才能を発揮し、20年続く国民的長寿番組となった。
1973年度生まれ
1990年代後半から数多くのヒット作に主演する女優。NHK連続テレビ小説『ひまわり』のヒロイン役でブレイクし、その後『GTO』『救命病棟24時』『魔女の条件』『やまとなでしこ』など,時代を象徴する人気ドラマに次々と出演。2011年の主演ドラマ『家政婦のミタ』では、最高視聴率40.0%という驚異的な記録を打ち立て、社会現象を巻き起こした。
世界的なホラーブームの先駆けとなった作品に浅川玲子役で主演。第22回日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。
圧倒的な映像美と繊細な心理描写で知られるアニメーション監督。実写以上に美しく切り取られた風景描写が特徴で、2016年の『君の名は。』は社会現象を巻き起こし、国内外で数々の賞を受賞した。
大学卒業後、ゲーム会社に入社。ロールプレイングゲームのパッケージ制作や『イースIIエターナル』などのオープニングムービー制作を担当した。
1974年度生まれ
「ゴジラ」の愛称で親しまれた元プロ野球選手。ヤンキースでワールドシリーズMVPを獲得。
34本塁打、100打点を記録し、自身初となる打撃タイトルを複数獲得。パ・リーグのイチローと共に「記録のイチロー、記憶の松井」と称された。
1978年度生まれ
「平成の歌姫」と称されるシンガーソングライター。数々のヒット曲とファッションで社会現象を巻き起こした。
主演した短編映画『月に沈む』と連動した楽曲で、圧倒的な世界観を提示した。
1979年度生まれ
自身のユニットCAPSULEでの活動に加え、Perfumeやきゃりーぱみゅぱみゅを世界的ヒットに導いた日本を代表する音楽プロデューサー。テクノポップや原宿系の世界観を音楽で確立し、国内外のアーティストへのリミックス提供など多方面で活躍している。楽曲制作の全工程を自身のプライベートスタジオで行う徹底した制作スタイルでも知られる。
シングル「スウィートドーナッツ」以降の全作品を手掛け、テクノポップの流行を再来させた。
1982年度生まれ
シンガーソングライター. デビューアルバム『First Love』は日本国内歴代1位の売上。
4年半の結婚生活にピリオドを打つ。同年、シングル「Flavor Of Life」がデジタル売上で世界1位を記録。
1986年度生まれ
サッカー選手、指導者、起業家。W杯3大会連続ゴール。ACミランで背番号10を背負った。
南アフリカW杯カメルーン戦に1トップで先発し、決勝ゴールを奪取。自国開催以外のW杯初勝利をもたらした。
日本の2大会ぶり優勝に大きく貢献。自身もアジアカップの最優秀選手(MVP)に選出された。
2010年度のフットボーラー・オブ・ザ・イヤーを受賞。海外クラブ所属選手として史上初の快挙となった。
1989年度生まれ
直木賞史上初の平成生まれの受賞者であり、男性受賞者としては最年少記録を持つ小説家。現代社会における自意識や人間関係を鋭く描く作風で知られ、多くの作品が映画化・ドラマ化されている。
直木賞受賞後第一作として発表された、児童養護施設を舞台にした物語 [2, 4]。第29回坪田譲治文学賞を受賞した。
1988年度生まれ
オリンピック4大会に出場し、個人総合2連覇を含む7つのメダルを獲得。世界体操競技選手権においても個人総合で世界最多の6連覇を達成し、世界大会での個人総合8連覇。着地と空中姿勢の正確さは世界屈指の評価を誇り、約9年間にわたり個人総合で40連勝を記録した。
具志堅幸司以来28年ぶりとなる個人総合の金メダルを獲得。
オリンピックでの功績が認められ、秋の褒章において紫綬褒章を受章した。
1992年度生まれ
2009年の『仮面ライダーW』でのデビュー。役柄に合わせて体型や声を自在に変えるストイックな姿勢から「カメレオン俳優」と称される。2017年にはソロ歌手としてもデビューし、「まちがいさがし」などのヒット曲で紅白歌合戦への出場も果たした。
シングル「見たこともない景色」でデビューし、本格的な音楽活動を開始した。
1994年度生まれ
2014年ソチ・2018年平昌と五輪2大会連続で金メダルを獲得したフィギュアスケーター。男子シングル史上初の「スーパースラム」を達成。2022年にプロへ転向。
冬季五輪個人種目日本人初の連覇等の功績が認められ、個人では史上最年少となる23歳で受賞した。
二刀流のプロ野球選手。MLBで日本人初のホームラン王、2度の満場一致MVPを獲得。
日本人選手としてイチロー以来17年ぶり4人目となる新人王に選出。10登板・20本塁打・10盗塁を同時に達成した史上初の選手となった。
日本人として史上2人目のNBAプレーヤーとなったプロバスケットボール選手。NBAではメンフィス・グリズリーズやトロント・ラプターズなどでプレーし、日本男子プロバスケットボールリーグ(B.LEAGUE)の千葉ジェッツでもプレー。
ジョージ・ワシントン大学4年時のシーズンに、所属するアトランティック10カンファレンスで日本人初となる最優秀守備選手賞を受賞した。
NBAのメンフィス・グリズリーズとツーウェイ契約を締結。田臥勇太以来、日本人として14年ぶり2人目のNBA選手となった。
フェニックス・サンズ戦に出場し、念願のNBA公式戦デビューを飾った。
オクラホマシティ・サンダー戦において、日本人選手として初めてNBAの試合で2桁得点(10得点)をマークした。
1997年度生まれ
日本人として初めてNBAドラフト1巡目指名(全体9位)を受けたプロバスケットボール選手。高校時代にウィンターカップ3連覇を達成し、米国の名門ゴンザガ大学でエースとして活躍。2019年にワシントン・ウィザーズへ入団。現在はロサンゼルス・レイカーズの主力として世界最高峰の舞台で活躍し続けている。
ウィザーズの主力として日本人で初めてNBAプレーオフの舞台に立ち、シリーズを通して平均14.8得点、7.2リバウンドと大舞台での強さを見せた。