2011 年のとき
2011年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
東日本大震災で被災
仙台のリンクで練習中に被災。自宅も被害を受け、避難所生活を経験した。一時は競技続行を悩むも、支援を受けチャリティーショーなどで練習を再開した 。
U-18日本代表候補に選出
高校生ながらバスケットボール男子U-18日本代表候補に選出された。
グループ名を「ももいろクローバーZ」へ改名
メンバーの脱退を経て心機一転、新たなスタートを切る。以降、国立競技場でのライブを目指し快進撃を続けることとなる。
映画『もしドラ』で映画初主演
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』に主演し、日本アカデミー賞話題賞を受賞した。
シングル「Flower」でソロ歌手デビュー
キングレコードより発売。グループ卒業前からソロアーティストとしての活動も開始した。
マスターズで日本人初のローアマチュアを獲得
初めて出場したマスターズで予選を通過し、27位タイで日本人として初めてローアマチュア(アマチュア選手最高成績)のタイトルを獲得した。
ユニバーシアードで個人・団体の金メダル獲得
中国・深圳で開催された第26回夏季ユニバーシアードにて、ゴルフ個人および団体で金メダルを手にした。
日本ツアーでアマチュア優勝を達成
三井住友VISA太平洋マスターズで優勝。アマチュアでの日本ツアー制覇は史上3人目の快挙であった。
『チア男子!!』で天竜文学賞を受賞
第3回高校生が選ぶ天竜文学賞を受賞。実在する男子チアリーディング部をモデルにした青春小説として高く評価された。
コナミスポーツ&ライフに入社
大学卒業後、山室光史と共にコナミスポーツ&ライフ(現コナミスポーツ)に入社。社会人選手としてのキャリアを開始した。
世界初の世界選手権個人総合3連覇
東京で開催された世界選手権にて、史上初となる個人総合3連覇を達成。
アジアカップ優勝と大会MVP獲得
日本の2大会ぶり優勝に大きく貢献。自身もアジアカップの最優秀選手(MVP)に選出された。
日本年間最優秀選手賞を初受賞
2010年度のフットボーラー・オブ・ザ・イヤーを受賞。海外クラブ所属選手として史上初の快挙となった。
朝ドラ『おひさま』に出演
ヒロインの親友・育子役を演じた。
2ndアルバム『エピソード』がチャート5位
本作で第4回CDショップ大賞準大賞を受賞し、ソロ歌手としての人気を不動のものとした。
きゃりーぱみゅぱみゅを世に送り出す
デビュー作から全作品のプロデュースを担当。原宿系の世界観を持つ音楽を世界的にヒットさせた。
日米通算500本塁打達成
レンジャーズ戦でメモリアルアーチを放ち、王貞治、野村克也に続く日本人3人目の日米通算500本塁打を達成した。
ドラマ『家政婦のミタ』が最高視聴率40.0%を記録
感情を見せないミステリアスな家政婦・三田灯を演じ、日本ドラマ史上歴代3位タイとなる歴史的な高視聴率を叩き出した。
『魔法少女まどか☆マギカ』放送開始
脚本・原作を担当した同作が放送。従来の魔法少女作品の概念を覆すダークな展開が社会現象を巻き起こし、その名を一般層まで広く浸透させた。
ニュータイプアニメアワードで脚本賞を受賞
『魔法少女まどか☆マギカ』の功績により、ニュータイプアニメアワード2011にて脚本賞を受賞。以降、数々のアニメアワードの常連となる。
『星を追う子ども』公開
スタジオジブリ作品を彷彿とさせる冒険アクションファンタジーに挑戦し、日本のアニメの伝統的な作り方を追求した。
通算タイトル80期達成
第52期王位戦を制し、大山康晴十五世名人の持つ歴代1位のタイトル獲得記録(80期)に並んだ。
「スタジオ地図」設立
プロデューサーの齋藤優一郎と共にアニメーション映画制作会社「スタジオ地図」を設立。自らが主体となって映画を制作する環境を整えた。
震災復興支援試合で「勇気の舞」
東日本大震災のチャリティーマッチで、Jリーグ選抜として得点。世界中に中継される中でカズダンスを披露し、多くの人々を勇気づけた。
東日本大震災に対し10億円を寄付
震災の被災地支援のため、個人として10億円強、楽天グループとして3億円の義援金を寄付した。
日本経団連を脱退
日本の産業構造のあり方に対する考えの違いから、日本経済団体連合会を脱退することを表明した。
『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞
第145回直木三十五賞を受賞。働く人々の姿を真摯に描く筆致が絶賛された。
『ルパン三世』銭形警部役を継承
納谷悟朗から銭形警部役を引き継ぐ。国民的作品の主要キャスト交代という重責を果たした。
米アイズナー賞を初受賞
『20世紀少年』で最優秀アジア作品賞を受賞。2013年にも同賞を再び受賞するなど、北米市場でも不動の人気を築いた。
「Nintendo Direct」をスタート
ネットを通じてユーザーに「直接!」情報を届けるスタイルを確立。自身が出演するプレゼンテーションは世界中のファンに親しまれた。
乃木坂46を結成
AKB48の公式ライバルとして乃木坂46を立ち上げ、後の「坂道シリーズ」の礎を築いた。
日本レコード大賞を初受賞
作詞を手がけたAKB48の「フライングゲット」が第53回日本レコード大賞を受賞した。
震災復興へ個人で100億円の寄付を表明
東日本大震災の被災者支援のため、個人として100億円および引退までの役員報酬全額を寄付することを発表。
ドラマ『家政婦のミタ』に出演
驚異の高視聴率を記録した『家政婦のミタ』に出演し、物語を支える重要な役割を果たした。
4thアルバム『MUSICMAN』リリース、震災復興支援活動へ
発売延期を経てリリースされた本作はチャート1位を獲得。直後に発生した震災に対し、チーム・アミューズ!!としてチャリティー活動を展開。
芸能界を引退
暴力団関係者との交際発覚を理由に、記者会見にて電撃的に引退を表明。長きにわたる芸能生活に自ら終止符を打った。
東日本大震災に対し私財から10億円を寄付
震災の被災地支援のため、個人として多額の義援金を寄贈。企業の社会的責任を自ら体現した。
カタルーニャ国際賞を受賞
スペインの賞を受賞。スピーチでは、東日本大震災後の日本において「非現実的な夢想家」として原子力政策を批判し、大きな注目を集めた。