2014 年のとき
2014年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
U-17世界選手権で得点王を獲得
日本代表として出場し、1試合平均22.6得点を記録して大会得点王に輝いた。強豪アメリカ戦でも25得点を挙げるなど、その名を世界に知らしめた。
ソチ五輪で金メダル、アジア男子初の快挙
ショートプログラムで史上初の100点超えを記録。フィギュア男子シングルにおいて、アジア人初の冬季五輪金メダリストとなった。
世界選手権初優勝、三冠達成
ソチ五輪に続き世界選手権も制覇。同一シーズンに五輪・世界選手権・GPファイナルの主要3大会を制する史上2人目の記録を達成した。
女性グループ初となる国立競技場単独ライブを達成
2日間で11万人を動員し、「みんなに笑顔を届けることにゴールはない」と宣言。
日本プロ野球(NPB)史上初の「2桁勝利・2桁本塁打」達成
シーズン10勝と10本塁打を同時に記録。ベーブ・ルース以来96年ぶりとなる歴史的快挙を成し遂げ、二刀流の可能性を証明した。
映画『海月姫』に女装男子役で出演
役作りのために10kg以上の減量と骨盤矯正を行うなど、徹底した肉体改造が大きな話題となった。
舞台『太陽2068』で舞台初出演
蜷川幸雄演出の作品に出演。俳優として新たな表現の場に挑戦した。
メモリアル・トーナメントでPGAツアー初優勝
プレーオフを制して米PGAツアー初優勝。22歳での優勝は日本人最年少記録となった。
『世界地図の下書き』で坪田譲治文学賞を受賞
直木賞受賞後第一作として発表された、児童養護施設を舞台にした物語 [2, 4]。第29回坪田譲治文学賞を受賞した。
世界選手権で個人総合5連覇を達成
南寧で開催された世界選手権において、自身の持つギネス記録を更新する個人総合5連覇を達成した。
W杯2大会連続ゴール達成
ブラジルW杯コートジボワール戦で先制得点。日本人のW杯最多得点記録を更新した。
ドラマ『昼顔〜平日午後3時の恋人たち〜』に主演
不倫をテーマにした本作は大きな社会現象を巻き起こし、後に続編となる映画版(2017年)も制作された。
日本武道館での復帰ライブを開催
『STRANGER IN BUDOKAN』を行い、満員となった会場で音楽活動への完全復帰を飾った 。
NHK紅白歌合戦からの「卒業」を発表
15年連続出場の節目をもって卒業。自身の音楽活動の新たなステージへ進むことを宣言した。
劇場アニメ『楽園追放』公開
脚本を担当したフルCG映画『楽園追放 -Expelled from Paradise-』が公開。単館公開からスタートしながら興行的な成功を収めた。
日本の野球殿堂入り
候補1年目での選出。日本のプロ在籍わずか5年での殿堂入りは最短記録である。
喉頭がんを公表
がんの治療に専念するため、活動休止することを発表した。
手術により声帯を摘出
がんの再発見に伴う手術において、生きる道を選択するために一番大切にしてきた声を捨てる決断をした。
制作集団「分福」を設立し独立
西川美和らと共に制作者集団を立ち上げ、テレビマンユニオンから独立。若手監督の育成にも力を注ぐ体制を確立した。
創作20周年記念の全国巡回展をスタート
上野の森美術館を皮切りに開催された個展は全国8箇所で43万人を動員した。
『浦沢直樹の漫勉』放送開始
NHK Eテレにて漫画家の創作の秘密に迫る番組のホストを務める。
声優アワード「特別賞」を受賞
長年の声優界への貢献に対し、第8回声優アワード特別賞が贈られた。
『笑っていいとも!』最終回に出演
夜のフィナーレ特番にてタモリと約1時間のフリートークを披露し、かつての伝説的コーナーを復活させた。
紫綬褒章を受章
長年の音楽活動による功績が認められた。コメントでは「日本が、そして世界が平和でありますように」と述べた。
自主レーベル「Jam Cracker Record」を設立
1枚756円という破格の価格でアルバム2作を同時発売。
『ピクミン ショートムービー』を東京国際映画祭で上映
自ら主導して制作した映像作品を映画祭にて特別上映。ゲーム以外の映像表現にも活動の幅を広げた。
中咽頭がんであることを公表
療養のため一時活動を休止。翌年には山田洋次監督の映画『母と暮せば』の音楽で仕事復帰を果たした。
『笑っていいとも!』が放送終了
全8054回の放送を終了。最終回の夜には特別番組が放送され、BIG3を含む豪華ゲストが集結して日本中から惜しまれた。