2015 年のとき
2015年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
ジョーダン・ブランド・クラシックに日本人初選出
世界から選りすぐられた有望株が集まるオールスターゲームに日本人として初めて選出され、ニューヨークでの世界選抜チームの一員として出場した。
ウィンターカップ3連覇を達成
土浦日大との決勝戦で34得点、19リバウンドを記録。明成高等学校を大会3連覇に導き、自身も3年連続でベスト5に選される快挙を成し遂げた。
主演映画『幕が上がる』公開
演劇に打ち込む女子高生を演じ、グループとして第40回報知映画賞特別賞などを受賞。本格的な俳優活動への足がかりとなった。
歴史的世界最高得点とGPファイナル3連覇
NHK杯、GPファイナルの2大会連続で世界記録を更新。330.43点という驚異的なスコアを叩き出し、男子初の3連覇を成し遂げた。
パ・リーグ投手三冠に輝く
最多勝利、最優秀防御率、最高勝率のタイトルを獲得。投手としてリーグ最高峰の実力を示した。
ドラマ『民王』に主演
遠藤憲一とのW主演。入れ替わり劇で見せた演技の幅が評価され、数々のドラマ賞を受賞した。
初の冠ラジオ番組がスタート
ニッポン放送にて『朝井リョウ&加藤千恵のオールナイトニッポン0』が放送開始。
37年ぶりの団体金メダルと個人総合6連覇
世界選手権グラスゴー大会で、日本男子に37年ぶりとなる団体総合の金メダルをもたらした。自身も個人総合6連覇と種目別鉄棒の金メダルを獲得した。
オーストリアのSVホルン経営参画
自身のマネジメント事務所を通じてクラブ経営に乗り出し、スポーツビジネスの世界へ本格進出した。
第1子女児を出産
産休を経て、同年12月の『M-1グランプリ』の司会で仕事復帰。その後、第2子(2019年)、第3子(2023年)も出産している。
SAKEROCKが解散
両国国技館でのラストライブをもって、リーダーを務めたバンドが15年の歴史に幕を閉じた。
NHK紅白歌合戦に初出場
大ヒット曲「SUN」を披露。以降、2025年まで11年連続で出場を続けている。
北陸新幹線 金沢駅の発車メロディを制作
故郷である金沢駅のためにメロディを書き下ろし、自身のルーツである鉄道に関わる仕事を実現した。
個人事務所「stella88」でのマネジメント開始
長年所属したプロダクションから独立。独立後はテレビ出演を最小限に絞り、ライブ活動を軸にした活動スタイルへ移行した。
ヤンキースのGM特別アドバイザーに就任
古巣ヤンキースのフロント入りを果たし、若手選手の育成に携わるセカンドキャリアをスタートさせた。
ギネス世界記録に認定
『ONE PIECE』が「最も多く発行された単一作家によるコミックシリーズ」としてギネス世界記録に認定された。
マイアミ・マーリンズでメジャー初登板
シーズン最終戦のフィリーズ戦で、41歳にして投手としてマウンドに上がり、最速143km/hを計測。日米のファンに衝撃を与えた。
女優・吹石一恵と結婚
吹石一恵の誕生日に婚姻届を提出したことを発表。世間に「福山ショック」と呼ばれるほどの影響を与えた。
近畿大学入学式で声を失ったことを公表
自らプロデュースした入学式に出席し、祝辞を代読。声帯摘出により声を失ったことを公の場で初めて明らかにした。
手記『だから、生きる。』を出版
がん発覚から声帯摘出、現在の心境を綴った手記を出版。ハロー!プロジェクトの総合プロデューサーを退いていたことも明かした。
日本レコード大賞作曲賞を受賞
クミコに提供した「うまれてきてくれて ありがとう」で第57回日本レコード大賞作曲賞を受賞。ステージではギター演奏で参加した。
『バケモノの子』公開
興行収入58.5億円を記録し、当時の自身最大のヒット作となった。ベルリン国際映画祭など海外でも高く評価された。
日曜劇場『下町ロケット』が放送開始
阿部寛主演でドラマ化され、高視聴率を記録する大ヒット作となった。
『メタルギア ソリッド V ファントムペイン』発売
コナミ在籍時最後の作品。オープンワールドを取り入れ、シリーズの物語を完結させる集大成的なヒット作となった。
コナミを退社、コジマプロダクション設立
長年勤めた企業を離れ、自身のスタジオを立ち上げ独立。世界中のファンから大きな支持を集めた。
日本フットゴルフ協会アンバサダー就任
新しいスポーツであるフットゴルフの普及を支援するため、日本フットゴルフ協会の公式アンバサダーに就任した。
日本映画批評家大賞 アニメーション声優賞を受賞
長年の功績と卓越した技術が評価され、第24回日本映画批評家大賞においてアニメーション声優賞を受賞した。
DeNAとの業務・資本提携を発表
スマートデバイス向けサービスの共同開発と、次世代機「NX(後のNintendo Switch)」の開発を公表。任天堂の新たな成長戦略を提示した。
代表取締役社長在任中に逝去
胆管腫瘍のため急逝。享年55歳。その死は世界中で大きく報じられ、ゲーム業界の多大な損失として惜しまれた。
作詞シングル総売上1億枚を突破
AKB48の「唇にBe My Baby」の売上により、作詞家として歴代1位となる累計1億枚超えを達成した 。
『さんまのお笑い向上委員会』放送開始
後輩芸人たちへのストイックな姿勢から「お笑い怪獣」の本領を発揮する新たな看板番組がスタートした。
還暦を迎え引退を撤回
60歳での引退を一時期検討したが、爆笑問題・太田光ら仲間からの引き止めに応じ、生涯現役を誓った。