1952年生まれ
「マリオシリーズ」や「ゼルダの伝説シリーズ」の生みの親として世界的に知られる任天堂の代表取締役フェロー。世界で最も影響力のあるゲーム制作者の一人であり、2019年にはゲーム関係者として史上初の文化功労者に選定された。
出身地: 京都府
学歴: 金沢美術工芸大学卒業
大学卒業後、当時の山内溥社長に「ものづくりができる社員」として認められ、特例の面接を経て入社した。
企画部に配属され、アーケードゲーム『シェリフ』の筐体デザインや家庭用ゲーム機『ブロック崩し』の本体デザインなどを手掛けた。
プログラミング以外の作業をほぼ1人で担当し、世界的なヒットを記録。後に任天堂の看板キャラクターとなる「マリオ」のデビュー作となった。
ファミリーコンピュータ用ソフトとして発売され、世界的な社会現象を巻き起こす爆発的なヒットを記録した。
初期の作品内では「MIYAHON(ミヤホン)」名義でクレジットされており、独自のファンタジー世界を構築して高い評価を得た。
開発部門の組織改編に伴い部長に就任。次世代機に向けた大規模なプロジェクトを指揮する立場となった。
経営陣の一員となり、開発現場の指揮と並行して企業の意思決定にも携わるようになった。
岩田聡新社長の体制発足と同時に昇格。後進の育成や国内外の拠点との調整など、多忙な経営業務を担った。
GDCでの講演をきっかけに、納得のいかない作品を白紙に戻して面白さを追求する徹底した制作姿勢が「ちゃぶ台返し」として知られるようになった。
サンフランシスコのメトレオンに作られた「ゲームの歩道」において、ゲーム業界のレジェンドとして表彰された。
長年のゲーム制作を通じた文化への貢献がフランス政府に認められ、叙勲された。
「TIME 100」に選ばれ、世界的な経営者や著名人と肩を並べる影響力を持つ人物として紹介された。
ビデオゲーム産業における長期にわたる卓越した成功と功績を称えられ、最高栄誉を授与された。
自ら主導して制作した映像作品を映画祭にて特別上映。ゲーム以外の映像表現にも活動の幅を広げた。
ゲームというジャンルに初めて光が当てられた歴史的な顕彰であり、国家的にもその功績が認められた。
共同プロデューサーとして監修に徹し、映画は世界的な大ヒットを記録。マリオのIP(知的財産)の価値をさらに高めた。
宮本茂の歩みと、他の著名人の人生を並べてみましょう。