2002 年のとき
2002年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
ソロ歌手デビュー
シングル「Pureness」をリリースし、ソロでの音楽活動を開始。以降、数々のシングルやアルバムを発表した。
映像作家の紀里谷和明と結婚
19歳で結婚を発表。自身のミュージックビデオなどを手掛けてきたクリエイターとのパートナーシップが注目される。
初の映画サウンドトラック制作
映画『うつつ』の劇伴音楽を担当。以降、数多くの映画やドラマのサントラを手掛ける先駆けとなった。
『Voyage』で日本レコード大賞を2年連続受賞
主演した短編映画『月に沈む』と連動した楽曲で、圧倒的な世界観を提示した。
イタリア杯(コッパ・イタリア)優勝
ユヴェントスとの決勝第1戦でゴールを奪うなど貢献。パルマにタイトルをもたらし、自身の価値を改めて証明した。
W杯日韓大会でゴールし、ベスト16進出
地元開催のW杯でチュニジア戦でゴールを決め、日本初の決勝トーナメント進出に大きく貢献した。
シーズン50本塁打達成と二度目のMVP
日本人の左打者として史上初の50本の大台に到達。本塁打王と打点王の二冠に加え、文句なしのセ・リーグMVPに輝いた。
フリーエージェント(FA)でのメジャー挑戦表明
「裏切り者と言われるかもしれないが、命を懸ける」と決意を語り、日本球界を離れメジャーリーグへの挑戦を正式に発表した。
ニューヨーク・ヤンキースと契約
名門ヤンキースへの入団が決定。現地メディアは「ゴジラがブロンクスにやってくる」と大々的に報じた。
NHK大河ドラマ『利家とまつ』にダブル主演
唐沢寿明と共に主演を務め、ヒロインのまつ役を演じた。朝ドラと大河の両方でヒロインを務めた史上初の女優となった。
『ほしのこえ』で商業デビュー
監督・脚本・作画・編集などをほぼ1人でこなしたフルデジタル短編作品。単館上映ながら口コミで話題が広がり、新海誠の名を世に知らしめた。
ドラマ『空から降る一億の星』主演
明石家さんまとW主演を務め、公私共に親交を深めるきっかけとなった。2003年からは正月特番『さんタク』もスタート。
ドラマ『木更津キャッツアイ』が放送開始
余命宣告を受けた青年と仲間たちの日常を、過去と現在を行き来する緻密な構成で描き、カルト的な人気を博した。放送終了後も映画化されるなど大きな影響を与えた。
細田版『ハウル』の制作中止
制作の難航や意見の相違などにより監督作の制作中止が決定。人生最大の挫折を経験し、一度は東映アニメーションへ復帰する。
漫画家・安野モヨコと結婚
共通の知人である貞本義行の紹介で知り合い入籍。結婚生活は安野氏の著作『監督不行届』にも描かれている。
映画『竜馬の妻とその夫と愛人』に主演
西村松兵衛役を熱演し、映画界においても確固たる地位を築いた。
『ハングリーハート』の連載を開始
『週刊少年チャンピオン』にて、新たなサッカー漫画の代表作となる『ハングリーハート WILD STRIKER』の連載を開始した。
任天堂第4代代表取締役社長に就任
42歳の若さで山内社長から指名を受け就任。創業家以外からの抜擢は極めて異例であり、集団指導体制への移行を推進した。
『行列のできる法律相談所』放送開始
司会としてレギュラー出演。個性の強い弁護士軍団とのやり取りが人気を博し、日曜夜の激戦区で高視聴率を維持する看板番組となった。
代表取締役専務に就任
岩田聡新社長の体制発足と同時に昇格。後進の育成や国内外の拠点との調整など、多忙な経営業務を担った。
「生放送単独司会世界最高記録」でギネス世界記録に初認定
『笑っていいとも!』の放送5000回達成に合わせ、「生放送単独司会世界最高記録」としてギネスブックに認定された。