1985 年のとき
1985年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
プロ入り(四段昇段)
中学3年生でプロデビュー。加藤一二三、谷川浩司に続く史上3人目の中学生棋士として大きな話題となった。
歴史シミュレーションゲーム『三國志』で作曲家デビュー
光栄(現コーエーテクモ)のゲーム音楽を担当。これが職業作曲家としての第一歩となった。
『オールナイトフジ』にてテレビカメラ転倒事件が発生
生放送中にテレビカメラを揺らし倒して破壊し、当時の価格で約1,600万円の損害を出したエピソードは伝説的に語り継がれている。
テレビアニメ『サザエさん』で脚本家デビュー
若手ライターとして参加し、「ワカメの大変身」など4作の脚本を手がけた。
『メガゾーン23』で声優デビュー
OVA『メガゾーン23』の中川真二役でプロの声優としての第一歩を踏み出した。
『バルーンファイト』ファミコン版を開発
アーケード版よりも滑らかな動きを実現。そのノウハウは後に『スーパーマリオブラザーズ』の水中ステージの挙動にも活かされた。
おニャン子クラブが始動
『夕やけニャンニャン』の構成を担当し、おニャン子クラブの全楽曲の作詞を手がけて社会現象を巻き起こした。
「なんてったってアイドル」をリリース
小泉今日子に提供した本作は大ヒットを記録し、自身の代表作の一つとなった。
第31回江戸川乱歩賞を受賞
『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞し、小説家デビュー。現役エンジニアがミステリー界の登竜門を制したことで脚光を浴びた。
『ゲゲゲの鬼太郎』の鬼太郎役に決定
テレビアニメ『ゲゲゲの鬼太郎(第3作)』にて主役の鬼太郎を演じ、野沢雅子から役を引き継ぐ形で新世代の鬼太郎像を作り上げた。
『さんまのまんま』放送開始
ゲストを迎える冠トーク番組がスタート。後にスペシャル番組として継続される長寿番組へと成長した。
日航機墜落事故を回避
番組収録の繰り上げにより搭乗予定だった123便を回避。この経験から座右の銘「生きてるだけで丸儲け」が生まれた。
漫才コンビ「紳助・竜介」を解散
若手時代のダウンタウンの才能を認め、「自分たちの時代は終わった」と悟り解散。以降、ピンのタレント・司会者としての活動を本格化させた。
『スーパーマリオブラザーズ』を発売
ファミリーコンピュータ用ソフトとして発売され、世界的な社会現象を巻き起こす爆発的なヒットを記録した。
アニメ『タッチ』放送開始で社会現象に
テレビアニメ版『タッチ』が放送を開始。全101話に及ぶロングラン放送となり、主題歌やヒロイン像を含め、日本中にブームを巻き起こす社会現象となった。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』刊行
二つの物語が交互に進む重層的な構成が絶賛され、第21回谷崎潤一郎賞を当時最年少で受賞した。
『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』開始
自身の企画・構成による画期的なロケ番組。数多くの素人スターやスター芸人を輩出し、バラエティの新たな形を提示した。
『ビートたけしのスポーツ大将』開始
スポーツをバラエティ化した先駆け的番組。自身も「火の玉ボーイ」として参加し、高い視聴率を記録した。
スタジオジブリ設立
44歳の時、高畑勲、鈴木敏夫らと共にアニメ制作会社「スタジオジブリ」を設立。