1987 年のとき
1987年。あの人は何歳で、どんな日々を過ごしていたのでしょうか。
時代の空気感とともに、当時の記録を振り返ります。
ジャニーズ事務所に入所
親戚が履歴書を送ったことがきっかけで入所。ジャニーズJr.内グループ「スケートボーイズ」のメンバーとなる。
一般棋戦初優勝
天王戦にて、17歳2か月の若さで全棋士参加棋戦での初優勝を果たした。
大学を中退し上京、北条司氏に師事
本格的に漫画家を目指すため、熊本大学を中退して上京。『シティーハンター』連載中の北条司氏のアシスタントを約10か月務め、基本技術を習得した。
映画『はいからさんが通る』で俳優デビュー
伊集院忍役で映画デビュー。当初は二枚目俳優としての活動が中心であった。
生放送番組『4時ですよーだ』が開始
若者を中心に熱狂的な支持を集め、関西でアイドル的な人気を誇る社会現象となった。
『メタルギア』で監督デビュー
MSX2用ソフトとして発売。戦闘を避ける「ステルスゲーム」という独自のスタイルを提示した記念碑的作品となった。
番組制作会社テレビマンユニオンに入社
将来的に映画監督を目指すことを視野に入れながら入社。『遠くへ行きたい』などの番組でADを務めながら下積み時代を過ごした。
「Get Wild」がリリース
アニメ『シティーハンター』のエンディングテーマとして発表。TM NETWORKを代表する人気曲となり、一躍人気バンドの仲間入りを果たした。
『27時間テレビ』初代総合司会
タモリと共に総合司会を担当。番組をきっかけにタモリ・たけしとの「BIG3」という呼称が定着した。
シングル「悲しい気持ち (JUST A MAN IN LOVE)」でソロデビュー
打ち込み中心のポップス路線を展開し、翌年には1stアルバム『Keisuke Kuwata』をリリース。
実写映画初監督作品を公開
『紅い眼鏡/The Red Spectacles』を監督。これ以降、アニメーションに留まらず実写映画にも活動の場を広げた。
映画『ラストエンペラー』が公開
俳優として出演すると共に音楽を担当。翌年には日本人として初めてアカデミー作曲賞を受賞する快挙を成し遂げ、「世界のサカモト」としての地位を不動のものとした。
『志村けんのだいじょうぶだぁ』放送開始
自身の名を冠した初の本格コント番組。独自の「変なおじさん」や「ひとみ婆さん」などのキャラを定着させた。
『ノルウェイの森』が空前の大ヒット
上下巻合わせて1000万部を超える歴史的なベストセラーとなり、社会現象を巻き起こした。この成功により、自身の生活環境も大きく変化することとなった。
『ミュージックステーション』総合司会就任
関口宏から番組を引き継ぎ、総合司会に就任。以降、現在まで続く日本を代表する音楽番組の象徴となった。
『27時間テレビ』初代総合司会
さんまと共に初代総合司会を担当。番組内でのたけしの登場を機に、たけし・さんま・タモリの「BIG3」という呼称が定着した。